紫微斗数

◎六観音◎

真言系では聖観音十一面観音千手観音馬頭観音如意輪観音准胝観音を六観音と称し、天台系では准胝観音の代わりに不空羂索観音を加えて六観音とする。六観音は六道輪廻(ろ くどうりんね、あらゆる生命は6種の世界に生まれ変わりを繰り返すとする)の思想に基づき、六種の観音が六道に迷う衆生を救うという考えから生まれたもの で、地獄道-千手観音聖観音、餓鬼道-聖観音、畜生道-馬頭観音、修羅道-十一面観音、人道-准胝観音、天道-如意輪観音という組み合わせになっている。
1.聖観音・餓鬼
餓鬼道は、飢えから火や糞までも食べさせられる大変なところです
その世界にあった人を助ける観音は聖観音です。聖観音はすべての観音菩薩の基本で、慈悲の心であらゆる衆生の悩みと苦しみを救い楽を与える菩薩と説かれています。やがて、6,7世紀になると、十一面観音や千手観音など観音思想の展開に伴ってさまざまな観音が出現すると、それらと区別するため聖観音(正観音)と称するようになりました。したがって、日本においてもこの観音像は非常に多く、信仰も各時代を通じて広く行われています。
聖観音像の基本的な姿は頭に宝冠をいただき、体には天衣をまとい、耳飾りや胸飾り・腕輪などの美しい装具をつけて、左手に蕾の蓮華を持ち、右手の指先でそ の花びらを開かせようとする形が多いです。蕾の蓮華は容易に悟ることができない人々の心を、右手の先指はそれを開かせようとする仏心を意味しています

2.千手観音・地獄道
地獄道は、最も苦しみの多い世界で、串刺し(食物を串に刺すこ)にされたりして罰を受ける人々が苦しみから雷のように大声で泣き叫ぶ世界です
地獄に落ちた者を済度する観音は千手観音です。詳しくは千手千眼観世音菩薩などとも称する。
千手観音は1000本を持つほかに、頭の上に11面の化仏をいただき、本面に三眼を表し,掌のそれぞれに一眼ずつを表す。そして、それぞれの手には、救済の力を示すものとして、日・月・輪宝・宝珠・弓などを持ちます。
その姿を造形化する場合は、1000個の眼と1000本の手を表するのが、42臂につくることも多いです。これは中央の2臂を除く40本の手が1手につき25の衆生を救うと考えるからで、40に25を乗じて1000となる。
1000本の手は多くの人々に救済の手を差し伸べる慈悲を表し、1000個の眼は人々を教え導く知を表すとされる。

3.馬頭観音・畜生道
畜生道は、ペットなら飼ってもらえるのでまだ良いが、牛馬ならこき使われたり牛肉にされたり挽肉にされたりする動物の世界です
他の観音が女性的で穏やかな表情で表されるのに対し、馬頭観音のみは恐ろしい忿怒と言う相に表現されます。
像容は前述のような忿怒相で体の色は赤、頭上に白馬頭を戴き、三面三目八臂(額に縦に一目を有する)とする像が多い。一面二臂、一面四臂、三面二臂、三面六臂、四面八臂の像容も存在する。立像が多いが、坐像も散見される。頭上に馬頭 を戴き、胸前で馬の口を模した「馬頭印」という印相を示す。
意味:一切の魔や煩悩をうち伏せる働きをするとされますが,これは馬が周囲の草をむさぼるように,人間の煩悩を食べ尽くして救済するということのようです。

4.十一面観音・修羅道
修羅道は、明けても暮れても人をいたみつけ、また人から傷つけられる生傷(なまきず)の絶えない世界です       
十一面観音は頭部に小さな十一の面相がつけられているので、こう呼ばれます。十 一面の配置は多くの場合,正面の三面は穏やかな慈悲の菩薩相。左の三面が恐ろしい怒りを現わした瞋怒相。右の三面は一見菩薩相に似ていて、しかし上方に牙 をむき出している白牙上出相。後部の一面は大笑している大笑相。そして頭頂には正面を向いて、如来相がつけられている。
 左手に水瓶を持ち、右手は前に向けて開く施無異手の二臂(二本の腕)像が多いが密教の経典には四臂や八臂の像も説かれる
十一面の意味は人々のさまざまな苦難に対応するため、すべての方向に顔を向けます。

5.不空羂索観音・人間道
人間道は、人間が住む世界で楽と苦がある世界。今、私たちが生を受けた人間社会です
像容は、経典には様々な姿が説かれるが、いずれも多臂(多くの腕)を持ち、シカの毛皮を身にまとうのが特徴である。この「野獣の毛皮をまとう」という点でヒンドゥー教シヴァ信仰と関係があります。日本では一面三目八臂(額に縦に一目を有する)とする像容が通例で、立像、坐像ともにある。胸の前で二手が合掌し、二手は与願印を結ぶ。その他の四手には、羂索や蓮華などを持す。
意味:羂索は鳥や魚を捕らえる網(あみ)や綱(つな)です。つまり、観音の大慈悲のあみで煩悩の世界で苦難するすべての人々をもらさず(不空)救いとるのです。

6.如意輪観音・天界道
天界道は、楽しみが多く寿命の長い天人の世界ですが、まだ煩悩が残っているので、いつか苦しみがやってきます
如意輪観音像は、原則として全て坐像または半跏趺座(はんかふざ・片足を他の足のももの上に組んで座ること)で、立像はまず見かけません。片膝(かたひざ)を立てて座る六臂の像が多いが、これとは全く像容の異なる二臂の半跏像もある。六臂像は6本の手のうちの2本に、如意宝珠と法輪とを持っている
意味:如意とは如意宝珠、輪とは法輪の略で、如意宝珠、六道の衆生の苦を抜き、世間・出世間の利益を与えることを本意とする。如意宝珠とは全ての願いを叶えるものであり、法輪は元来古代インドの武器であった輪が転じて、煩悩を破壊する仏法の象徴となったものである。六観音の役割では天上界を摂化するという。
(以上の文章は観音菩薩像: 六観音菩薩の特徴より)

(写真の中の千手観音の香合仏は1998年に東寺にて購入したものです)


*参考サイト*
ニルヴァーナ(Nirvana)|仏像をもっと身近に

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