紫微斗数

◎三陀羅尼③大悲心陀羅尼◎

大悲心陀羅尼、もくしは大悲呪という。千手千眼観音の威徳をたたえ、その絶対的慈悲によって罪障消滅を祈るのである。七世紀の中頃、唐へ来たインド僧・薄伽梵達摩訳の『千手千眼観世音菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼』によると、慈悲の仏である観音菩薩は、我々すべての衆生が救われるまで、自ら悟りを開かないという誓いを立てられて。そして、あらゆる生きとし生ける者を救うために千手と千眼を授かったという。
(本文は種智院大学密教学会編 名著普及会P527より)

観世音は「世」の音を観ずる。すなわち、衆生が御名を呼びかけるのに応じ悩みや願いを察したまう。さらにいうならば、その御名の妙音を衆生に聴かせたまう。
経題でいう広大は、この英雄の体であり、円満は作(はたらき)であり、無礙は何一つ妨げられることない相(すがた)である。千手千眼は、すべての時と場所にもれなく衆生を救うことであり、相手の立場を察して、その人に合うようにさまざまな手段を尽くすことである。大悲は衆生の苦しみを哀れみ、泣かないけれど涙の乾く間もない心である。
この経には観音十大願文がある。
○南無大悲観世音   願わくは我速かに一切の法を知らんことを。
○南無大悲観世音   願わくは我早く智慧眼を得んことを。
○南無大悲観世音   願わくは速かに一切の衆を度さんことを。
○南無大悲観世音   願わくは我早く善き方便を得んことを。
○南無大悲観世音   願わくは我速かに般若の船に乗らんことを。
○南無大悲観世音   願わくは我早く苦海を越えるを得んことを。
○南無大悲観世音   願わくは我速かに戒定道を得んことを。
○南無大悲観世音   願わくは我早く涅槃の山に登らんことを。
○南無大悲観世音   願わくは我速かに無為の捨を会わせんことを。
○南無大悲観世音   願わくは我早く法性身を同じくせんことを。
この大悲神呪の形相は、大慈悲心、平等心、無染着心(とらわれぬ心)、空観心(己をむなしくてありのままにみる心)、恭敬心、卑下心、無雑乱心、無見取心(己よりどころを絶対とすることがない心)、無上菩提心(この上もない悟りを求める心)である。
経には、この陀羅尼の説かれる因縁がある。
過ぎし世に、観世音菩薩は、千光王静住如来よりこの陀羅尼を授かり、あらゆる機縁にもれなく衆生を救うために、千手千眼を賜りたいと願ったら、千手千眼を授けられた。衆生がこの陀羅尼を頂きながら、救われないならば、私は決して悟りを開くことがないと、観世音菩薩は誓う。
千手観音の眷属 二十八部衆、一切の生きとし生ける衆生が生死を輪廻して生存する全世界の天・地・海を代表する天・龍二十八部の善神で、千手観音の眷属(従者)として従う。千手観音を守護し、千手観音大悲心陀羅尼を唱えるものを保護し、功徳をもたらすという。
千手観音の名を唱えただけで、すべての願いが叶い、虫の毒消しや安産、夫婦円満などの効験ありといわれる。さらに千手観音大悲心陀羅尼を唱え、或いは聞くだけで過去からの罪業が消えるという。このような現世利益的な性格を持つ千手観音は、古くから最高の観音として早くから爆発的な信仰を集めた。
(以上の文章は真言陀羅尼   平河出版社、仏像鑑賞ハンドブック   PHPより)
 

*写真は『【世界遺産・唐招提寺】 実際に千の手をもつ千手観音像は ...より*

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